アプリは作って終わりではなく、リリースしてからも使い続けてもらうからこそ意義が生まれます。継続的にユーザーに利用してもらえるサイクルを構築するためには、サービスデザインの改善やUIの見直しはもちろん、ユーザーに使われているかを可視化するためのデータ計測を行うことで、より細部まで行動を理解することができます。
アプリのデータ計測に必要な準備とポイントを、ユーザー行動分析を得意とするUXコンサルタントの視点で解説します。
データからユーザーの行動を見るために
フェンリルでは、ユーザーに「使いやすい」と思っていただけるプロダクトを追求して、アプリ開発をしてきました。市場におけるニーズの有無を見極めるだけでなく、「ユーザーの心にどのようにニーズを作るか?」という視点を大切にしています。
一方で、クライアントからは「KGIやKPIなどの目標指標は設定しているが、正しく現状を把握できない」「ユーザー数(KPI)は増えているが売上(KGI)が上がらない」というお問い合わせを多くいただきます。課題をより深くヒアリングすると、アプリの利用データを詳細に取得できていないというケースが見受けられます。
例えば、「動画配信サービスの課金ユーザー数を増やしたい」という目標(KPI)があったとして、単純に課金ユーザー数を追っているだけでは、その先の売上(KGI)に寄与しているのかまでは把握できません。正しく現状を把握するには、1人あたりの課金額や課金ユーザーの継続率などのデータまで詳細に取得する必要があります。
KPI設計について詳しく知りたい方は売上UPにつながるKPI設定とアクセス解析のいろは | ナレッジ | フェンリルをご覧ください。
では、実際にどのようなデータ取得を行うのか。フェンリルでデザイン/開発した社内事例をもとに、アプリに特化してデータ計測を進めるためのフローと気をつけるべきポイントを説明します。
【社内事例:ホリデーカード】
フェンリルでは毎年ホリデーシーズンに、お世話になっている方々へ日頃の感謝の気持ちを伝えるカードをお贈りしています。昨年はアナログ(紙のカード)とデジタル(アプリ)の組み合わせでさまざまな体験を表現する仕掛けを作りました。
知っておきたいデータ計測の流れ
フェンリルでは、アプリのデータ計測の手法として、Google社が提供するGoogle Analytics 4(以下、GA4と記載)を活用しています。GA4はWebサイトとアプリの両方からユーザーの行動・データを収集する解析ツールです。
データ計測は、Webアプリとアプリでは同様の工程でデータ計測の準備をすると思われがちですが、実際はアプリの方が複雑であることが現状です。後ほど詳細を説明しますが、アプリはWebアプリに比べると、自由度の高いデザインや操作を設計できます。そのため、ユーザーの行動を把握するためのイベントを仕込むためには、一定の設計知識とエンジニアチームとの協力体制が欠かせません(※1)。
アプリのイベント設計の流れ
仕様理解
仕様理解では、実際のアプリ画面を見ながらユーザー行動(以下、ユーザーアクションと記載)ごとにユーザープロパティ(ユーザーに関する付加価値)とイベントパラメータ(イベントに関連した付加情報)に関する情報を整理します。
ホリデーカードでは、UI設計書を元にチュートリアル画面の動きや、収録されている映像の種類などを把握していきました。また、開発エンジニアにもヒアリングをしながら、端末を傾けたり振ったりした時に取得するデータや、映像が変化する条件などを整理していきました。このようにユーザーアクションに関する細かい情報を抜け漏れなく把握することが、のちのイベント設計書作成に役立ちます。
仕様理解のポイントを下記にまとめました。計測するデータを考える時は、下記の視点を意識します。
・行動(アクション)をどう計測するか(イベント名)
・行動にはどのような付加情報があるか(イベントパラメータ)
・行動を起こしたユーザーは、どうカテゴリー分けできるか(ユーザープロパティ)
イベント設計書作成
イベント設計書とは、Webアプリやアプリでどんなデータを計測するかをまとめた一覧表です。ユーザー行動を可視化するための定義をもとに、計測データの項目を整理していきます。
一般的には、以下のような項目が挙げられます。
・ページURL・スクリーンID(どこのページ・スクリーンで発生するイベントか)
・イベント発火定義(どのようなユーザー行動か)
・イベント名(どのようなイベント名で計測するのか)
・イベントパラメータ名(イベントに関する付加情報の計測内容)
・ユーザープロパティ名(ユーザーに関する付加情報の計測内容)
ホリデーカードでは、アプリを起動した状態でカードと重ね合わせると、シャンパンが表示されて、スマートフォン端末を振るとそのアクションによって新たなモーションとデザインが出現する仕組みとなっています。
ホリデーカードの体験1
カードを重ねてスマートフォンを振るとシャンパンが泡立つアニメーションが表示される
ホリデーカードの体験2
カードとアプリを重ねて逆さまにすると、別のデザインが出現する
そのため、どれぐらいスマートフォンを振ったのか、次のモーションが出現する条件にたどり着いた人がどれほどいるのかを計測できるように整理しました。
・イベント名「screen_view」:スクリーンビュー数を計測
・イベント名「action_shake」:シェイク動作を計測
・イベント名「unlock_achievement」」:クリア条件を達成したかを計測
・イベントパラメータ「firebase_screen」:イベントが発生した画面名を計測
データ計測の抜け漏れが発生しないために、イベント設計書を作成する前に、マーケターとアプリ開発エンジニアとの間で、どのようなデータを計測したいかを共有しておくことが大切です。細かい作業となりますが、機能だけでなく、画面設計の意味を捉えることで、適切なデータ計測を実装することができます。
イベント実装
イベント実装とは、イベント設計書で整理したデータを計測ツールで取得するために設定することです。一般的にWebアプリの場合はマーケターのみで対応できるタスクですが、アプリの場合は仕様やデザインの自由度が非常に高いため、開発エンジニアとコミュニケーションを取りながら実装する必要があります。
開発エンジニアに効率よく作業してもらうためにも、事前に準備しておくことを2つお伝えします。
1つ目は、Firebaseと連携するGA4の情報の共有です。Firebaseとは、Googleがアプリケーションの開発者向けに提供しているアプリ開発のプラットフォームです。
アプリの場合、FirebaseとGA4を連携する作業が発生します。すでにGA4のプロパティを作成している場合は、GA4情報を開発エンジニアに共有する必要があります。Firebase側でGA4プロパティを新規作成する場合は、開発エンジニアから連携したGA4情報を共有してもらう必要があります。
2つ目は、OSごとのイベント実装可否の確認をすることです。開発会社によって、iOSとアンドロイドでアプリの開発担当者が異なることがあります。OS間で挙動が異なるイベントがないか確認しておくと良いです。また、片方のOSのみで発生する挙動を計測する場合は、どのように対応するかも予め整理しておくことをおすすめします。
このように、アプリマーケターと開発エンジニアとの連携をすすめておくことで、イベント設計の抜け漏れを解消することができます。イベント設計はアプリ開発の要件定義の領域を超えている場合もあるため、アプリのグロースまで検討したい企業は要件定義で開発会社に要望を伝えておくことも大切です。
イベント発火確認
イベントの実装ができたら、イベント設計通りに正しくデータが計測できているかの動作確認(イベント発火確認)をします。この工程も開発エンジニアとの連携が必須です。
アプリマーケターは、開発エンジニアに依頼して、アプリをデバックモードにする必要があります。その後、シミュレータまたは実機から実装したイベントアクションを行い、設定したイベントが問題なく計測できているかを確認します。また、計測漏れを防ぐために、OSごと(iOS/Android)にこれらの発火確認をすることが大切です。
データ収集
イベント発火確認ができたら、本番環境へ移行していよいよ公開します。本番環境とは、システムが実際に稼働している環境のことです。ここで注意点としては、本番環境の公開が完了した時点で、すぐのデータ計測が開始できるわけではない点です。
Webサイトの場合は、Google タグマネージャー(Webサイトやアプリに含まれる「タグ」を素早く簡単に更新できるタグ管理システムのこと。(Google Help参照)。以下、GTMと記載)の設定内容を本番環境に移行すればその直後からデータ収集が開始されますが、アプリの場合は、イベントが実装されたアプリがストアに公開され、ユーザーがインストール、もしくはアップデートが完了した後のアプリ起動からデータ収集がスタートします。
そのため、新しくアプリをリリースする際はデータの計測をリリース日に合わせて調整できますが、既存のアプリをアップデートする場合は、ユーザーがアプリをアップデートした後に計測がスタートするため、新たにデータ計測を設計した場合は多少のズレが生じることも知っておきましょう。
このことを理解せずにユーザー行動を分析すると、修正したはずのイベントが古い内容で収集されているなどの混乱を招くことにもなります。
設計したデータを見てみると、さまざまなアクションを楽しんでいる傾向を掴むことができました。ホリデーカードはさまざまな仕掛けを演出しています。例えば、スマートフォンをシェイクすると、新しい動きが出てくるだけでなく、一定の動作を続けると、別のアクションが出現します。
一方で、操作方法を説明せずに直感で操作していただくと、シェイクする動作のあと、別のアクションが出現するところまで到達しない状態で体験を終えるケースが多く見受けられました。今回は、エンターテインメント要素が多いアプリを事例として挙げましたが、ビジネスでは開発側が「使ってほしい」と思うことと、実際にユーザーが取る行動が乖離していることがあります。計測結果からヒントを得て改善することで、長く使われるアプリへと成長します。
外部送信規律への対応
データ計測の適切な実施にあたり、電気通信事業法の外部送信規律への対応も必須です。外部送信規律とは、アプリやWebサイトにおいて、利用者に関する情報を第三者に送信している場合、送信する利用者の情報、情報を取り扱うものの名称、情報の利用目的の3点を通知または公表する必要がある法律です。
GA4の場合、利用者のデータを第三者(ここではツール提供会社のGoogle社にあたる)に送信しているので、本対応が必要となります。詳しくは、総務省が提示している『自分に関する情報が第三者に相談される場合、自身で確認できるようになります』をご参照ください。
最後に
顧客とのタッチポイントを増やすために、アプリの開発や導入を検討する企業が増えています。一方で、すでにリリースされているアプリが多く存在し、せっかくアプリを作っても使われずに埋もれてしまう事例も少なくありません。
アプリを使い続けてもらうためには、心地よいUX/UIを追求するデザインや開発技術と、その裏でユーザーにどのように使われているかを可視化するデータ計測技術を組み合わせることでより効率的にアプリをグロースすることができます。
フェンリルでは、目標を設定した後に、どのようなアクションを取るのかを検討し続けることが重要だと考えています。そのため、OODAループを活用して改善施策を検討しています。
サービスを成長させるために、改善施策を考えながら実行していくOODAループ
このように、適正なデータ収集を設計することがその後の改善施策を検討する上で重要な役割を果たします。
フェンリルは、アプリの企画立案、サービスデザインやデータ計測支援など、クライアントのビジネスをさまざまな側面からサポートしています。ご興味のある方は、気軽にお問い合わせください。
本記事の執筆者|大森 湧太
フェンリル株式会社 デザインセンター デザイン部 UXコンサルタント
コンサルタント/アナリストとして、Webサイトのアクセス解析・制作ディレクションに従事。
2023年にフェンリルへ入社し、アプリのデータ計測環境の構築、分析、改善提案、実行などのグロース支援を担当している。ウェブ解析士、Google アナリティクス個人認定資格所有。
参考書籍
※1.『アプリマーケティングの教科書』坂本達夫・内山隆(2023)