創造性を掻き立てるプロダクト設計とは

フェンリルでは、これまでのアプリ開発において、UX/UIデザインや開発技術だけでなく、ブランデイングの視点も入れて一貫したユーザー体験を意識し、使い続けていただけるアプリを手掛けてきました。
今回は、フェンリルが取り組む新規事業創出プロジェクトから生まれたアプリ『DROMI』を事例に挙げて、ブランディングをどう進めたのかを開発責任者の観点でお話しします。

プロダクトの価値をユーザーにどう伝えるか

斬新なアイデアから生まれたプロダクトは、市場に新たな価値を提供するチャンスです。フェンリルでは、ユーザーに「使いやすい」と思っていただけるプロダクトを追求して、アプリ開発を行ってきました。また、開発時にブランド理念を反映することで、一貫したユーザー体験が提供できると考えています。

ブランディングを意識せずにプロダクトをつくってしまうと、ターゲットや機能の設定、PR方法などさまざまな観点に齟齬が生じてしまい、プロダクトで何を表現したいのか分からなくなってしまいます。一方で、ブランディングを意識すると一貫性を持って開発できるため、プロダクトのメッセージがユーザーにより鮮明に伝わります。


新規事業創出プロジェクトから生まれたDROMI

DROMIは、映像をつくるために「iPadひとつでイラストが描けて音も合わせられるアプリがほしい」との思いで、フェンリルの新規事業創出プロジェクトに手を挙げた1人のアートディレクターから生まれたプロダクトです。ストーリー性のある映像制作を始める前に、頭にある構想を整理するためのiPad専用の絵コンテ制作アプリです。


DROMIの操作画面

このアイデアをアプリにどう落とし込むかを設計する「技術」の観点と、直感で使いやすいと思ってもらえる操作体験や世界観をどう表現するかという「デザイン」の観点を融合して、ブランドを丁寧に設計していきました。

今回は、『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと(※)』で解説されているブランドシステムの理論に沿って解説します。

ストーリーを一貫してブランドをつくる仕組み


ブランディングの定義

ブランディングを進めるために、まずはチームメンバーを集めて、ブランディングについて話し合うことから始めました。チームにはDROMIの事業責任者のほか、起案者のアートディレクターや、リサーチャー、マーケターなど多種多様の専門職が在籍しています。また、世の中に発信していくためにグラフィックデザイナーやコピーライターもいます。

意識したことは、市場でマーケターやビジネス視点の職種だけでなく、さまざまな職種が1つの空間に集まり、ブランディングについて考える時間を設けたことです。このことで、1つの視点に偏らずに複合的な視点でブランディングを構築していくことができました。ユーザーとの1番の接点となるプロダクトの挙動や設計などの開発フェーズからブランドをつくることで、リリース後に発信するコピーやPR施策まで一貫したメッセージを打ち出せます。

こうして、チームではブランディングを『DROMIの世界観を直感的に感じてもらうための活動』と定義しました。さらに、ブランディングを構成する要素には2つの概念が存在しており、「らしさ」を表現する要素(ブランドDNA)と、DROMIのコンセプトや理念をビジュアルで構成する要素(ビジュアルアイデンティティ)に分けられるものと認識しました。


活発なディスカッションを通してチームの共通認識を深める

ここまではブランディングを進めるための準備運動のような過程です。


DROMIが目指すブランドのあり方

次に、DROMIが考える良いブランドの条件を書き出します。ここではいくつかの項目に合わせて、フェンリル(企業)とDROMI(プロダクト)の2つの立場で考えます。

【DROMIが思う良いブランドの条件の例】
・なぜ、ブランディングをするのか
 →DROMIを使うと楽しそう・使いたくなると思ってほしい
・DROMIのブランディングをすることで、解決したい問題は何か
 →「これがDROMI」というものを確立したい
・今のDROMIで1番大切にしていることは何か
 →iPadならではのアプリにする

など、まずは抽象度の高い表現で意見を出し、ブランディングする意義を言語化します。


届けたいターゲット

ブランディングをする意義を認識できたら、DROMIの想定ユーザーとはどんな人かを整理します。一般的に「ペルソナ」を設定する過程です。ここでは、統計上の集団の特徴と心理的な特徴の2つの観点で整理をしていきます。

映像制作する人はどういう人がいるか、想定する人の外部環境までを丁寧に書き出します。DROMIで最も焦点を当てたいターゲットは、特長である「イラストと音を合わせて絵コンテを描くこと」に価値を感じてくれる人です。そのターゲットをさらに深堀りしてディスカッションを重ねた結果、「ミュージックビデオをつくる人」としました。

ただ、その周りにはアニメ制作を手掛ける人もいれば、広告を制作する人もいるなど、幅広いジャンルが存在します。これらすべてをペルソナと設定してしまうと、制作のクオリティや抱える課題が異なるため、機能やデザインを作り込む工程で混乱してしまいます。どこをターゲットにするかを明確にし、その属性の特徴をプロジェクトメンバー全員が理解できるようにペルソナに落とし込むことが大切です。

DROMIでは、映像作品のジャンルで分けるのではなく、制作時の課題が共通する人を想定しました。そして、「ストーリーやレイアウト構成のある映像をつくる人」や「軽い構成からしっかりした構成まで整理したい人」、「制作環境に関する一定の制約がある人」をターゲット・オーディエンスとして設計しました。

DROMIのターゲット・オーディエンス

その後、ペルソナの設計を進めます。名前、イメージ写真、属性はもちろん、略歴や性格、趣味・思考、活用しているSNSなども細かく設定しました。これにより、プロダクト開発時に機能やUIデザインを一貫してつくるだけでなく、プロダクトがリリースされた後にSNSでの発信の仕方や打ち出すコンテンツ内容までもを網羅してブランドを確立することができます。

プロダクトの価値を考える

次に、プロダクトを出す意義を整理します。ペルソナがDROMIを使うメリットを可視化する工程となります。まずは、どういう要素があればDROMIを使いたいと思っていただけるかを書き出していきました。例えば、「早く動画イメージを固めるツールとして便利」や「深い知識がなくても、わかりやすい絵コンテが描ける」、「紙よりもデータが管理しやすい」など、さまざまな切り口から考えていきます。


ブランド価値を機能と感情の2つの側面から考える

その後、書き出した要素がブランド価値になり得るかを考えていきます。この工程では、「ブランドがユーザーにどんな価値を提供できるか」を明確に示すことをゴールとします。そもそも、ブランド価値は2つのブランド属性(機能的属性・感情的属性)から構成されているとされています。

・機能的属性:ブランドが持つ実質的な強み
・感情的属性:ブランドに触れた時に消費者に感じてほしい感情

DROMIの場合、「時間軸のあるアイデアを気軽に形にできることで創作活動をアシストすること」をブランドの価値としました。それを構成する要素を機能的属性と感情的属性に分けて整理していきました。

DROMIのブランド価値とブランド属性 出所:『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと』小山田育・渡邊デルーカ瞳(2019)を参考にフェンリルが作成

機能的属性と感情的属性で書いた表現を体現できる存在とはどういうものか。映像制作をするときに「もっとつくりたい」「楽しい制作をしたい」と思うには、作品をポジティブに応援してくれる存在になることが必要との考えに至りました。ユーザーにとって、DROMIがすぐ隣で創作活動を一緒に楽しむ親友のような存在であれば、楽しく作品をつくれたり、気軽に絵が描けるツールになると考え、親近感が湧く表現や特長を説明する言葉選びを丁寧に進めました。

DROMIはコンシェルジュのような硬い表現は使わないものの、カジュアルすぎる表現だと偉そうな印象を与えかねないと考えています。丁寧な言葉を使い、時には「いいじゃん!」「やってみよう」といったカジュアルな問いかけをするキャラクター設定を意識しました。

また、DROMI自身が創作活動を楽しんでいて、周りにいる人の気分を上げたり、ワクワクした思いを広めていく存在でありたいと思い、プロダクトのキャッチコピーは「描いたアイデアが動き出す」と表現しました。DROMIのWebサイトもこのコピーを意識したドラスティックな構成となっています。

ブランディングでつくり上げた表現は、アプリに留まらず、WebサイトやSNS、コンテンツ発信においても一貫したキャラクター設定をしてDROMIらしさを演出しています。その他にも、ブランドの人格の設定(ブランド・パーソナリティ)や、ブランドの中核となる概念の明示(ブランド・ビジョン)、市場での位置づけ(競合を含めたポジショニングマップの作成)を行い、市場における立ち位置を明確にしました。

このように、ブランディングを丁寧に進めることで、ユーザーがほしいと思う機能の整理だけではなく、アプリを使っている時間をより充実した体験として提供できます。

フェンリルが考えるブランディングの領域

今回はDROMIで進めてきたブランディングの一部をご紹介しました。DROMIは開発やデザイン、マーケティング、PRなど幅広い領域を1つひとつ丁寧に設計することを大切にしています。

フライヤーやノベルティの制作のほか、ターゲットと会えるイベントへの出展、若いクリエイターさんに向けてDROMIを活用した絵コンテ制作のワークショップをするなど、ユーザーに直接会いに行き、プロダクトを知ってもらう活動を行っています。開発時からつくり上げたブランドパーソナリティを基に、映像クリエイターを応援する身近な存在でありたいと考え、直接会える活動に重きをおいています。


DROMIのフライヤー


DROMIのイベントブース


イベント出展時は参加者にDROMIを触れてもらいながら特徴を伝える


大阪モード学園さまとのワークショップの様子

このような幅広い活動を地道に進めることにより、リリース直後からプロの映像クリエイターやアニメーター、UIデザイナーなどに注目され、SNSで「シンプルなUIとサクサク書ける操作体験が面白い」と反響の輪が広がっています。2024年秋にはグッドデザイン賞を受賞することにも繋がりました。


2024年度グッドデザイン賞を受賞

今後も絵コンテ制作を通じて映像クリエイターを応援してまいります。

本記事の執筆者|きつね
プロダクト開発部 エンジニア/デザイナー
DROMIの開発責任者。2016年にフェンリルに入社。iOS DeveloperおよびUIデザイナーとして、主にアプリ開発業務に従事。2023年から、DROMIの開発責任者を担当している。博士(工学)

参考書籍
※『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと』小山田育・渡邊デルーカ瞳(2019)

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