「UXを改善する」とは、ユーザー視点のみで解決できることでしょうか。この記事では、UXの課題を把握し、理想の形を定義します。また、改善方法まで含めて整理していきます。デジタルと人間が融合することにより、人の温かさを感じられる仕組みづくりを提供したい。フェンリルが考える「人間中心」のUXについてお伝えします。
UXを改善するということ
「UXを改善する」とはどういうことでしょうか。UXはユーザー体験、つまり、ユーザーがサービスと接触することによって引き起こされる、何らかの感情や経験のことです。感情はユーザーのものであるため、それをサービス提供者側からコントロールすることはできません。つまり、私たちは直接的にUXを改善することはできないのです。それどころか、ユーザーからすると、自身のありのままの感情や経験をサービス提供者側が改善したい、と考えていることに嫌悪感すら覚えるかもしれません。
つまり、私たちにできるのは、UXを改善することではなく、UXの”ために”何かを改善することなのです。そういう意味では、この記事のタイトルは早々に否定しなければなりません。ここからは、この記事のタイトルを「UXのために何かを改善するとはどういうことか」として読み進めてもらえればと思います。
では一体、UXのために何を改善すべきなのでしょうか。
UX改善はUI改善と同じではない
UX改善に関する多くの相談が私たちに寄せられます。ヒアリングを進めていくと、ほとんどの場合、UIのリデザインを求められているのだと分かります。確かに、UIに課題がある場合、それを改善すれば、全体のUXにいい影響を及ぼすといって間違いありません。「UXのためにUIを改善する」のですから、それは紛れもなくUX改善です。ですが、本当にUXをいいものにしたいと考えるのであれば、UIの改善だけでは不十分です。
前回の記事フェンリルが考えるサービスデザインで述べたように、フェンリルではUXに影響を及ぼす5つの要素を特に重視しています。5つの要素に紐づく仕組みやインターフェース、タッチポイントを改善しようとすれば、多くの施策が候補に挙がるでしょう。例えば「パフォーマンス」を改善するのであれば、アルゴリズムの変更やクラウド環境のチューニングなどが考えられます。「運用/運営」を改善する場合、サポートセンターのトークスクリプトの見直しなどが必要でしょう。
このように、ユーザーとサービスとの全てのタッチポイントにおける体験がUXであるなら、そのタッチポイントに影響を与えるシステムや業務を改善することはすべてUX改善であると言えます。上で挙げたもの以外にも、システムのパフォーマンスやサポートの運用体制、バックエンドの業務システム、各所でのマーケティングコミュニケーション施策、店舗でのスタッフの応対など、改善の対象となるものを挙げれば切りがありません。直接的か間接的かを問わなければ、サービスを提供する企業のあらゆる業務がUXに何らかの影響を及ぼすことになります。
最高のUXを実現したいのであれば、部門や職種ごとに異なるKGI/KPIもユーザー視点で設定し直さなければなりません。また、その組織構造も職種軸ではなく、UX軸にするべきでしょう。このように、UX改善というのは企業の組織構造すらも変えなければならないほど壮大なミッションなのです。
業務とUXのつながりを理解する
あらゆる業務がUX改善につながるということであれば、今まで通り各現場で業務の効率化や最適化を進めればいいという話で済んでしまいそうです。しかし、ここで重要なのは、企業として当たり前のように⽇々取り組んでいる業務であっても、その一つ一つが自社のサービスのUXに何らかの影響を及ぼすと自覚しているかどうかです。そういう意味では、自分たちの業務がUXにどのように影響しているのかを、もっと可視化しなければならないことが分かります。
サービスデザインで言えば、サービスブループリントというものがそれにあたります。これはユーザーとサービス運用側のプロセスや関係性を可視化したものです。このサービスブループリントを作成、共有することで、各部門、各業務が顧客やユーザーとどのような関係にあるのかを網羅的に理解できるようになります。このように、UX改善は、全体の業務とUXのつながりを描くところからスタートします。
ここで、サービスブループリントを活用したUX改善の事例をご紹介します。あなたがアプリを使用して、カフェで好きなドリンク(例 カフェのテイクアウト予約注文アプリ)を注文した時を想定してみてください。
上記のようにUX改善とは、顧客のアクションからバックステージのアクションまでを包括して把握し、業務とUXの繋がりを描くところからスタートします。ここで重要なことは、「関係性を示す矢印、時間、感情についても細かく描き出す」ことです。
UXの問題を把握する
UI上の問題を調査する手法は多く、ユーザーからの指摘を待たず、提供者側でも比較的簡単に問題を発見できます。例えば、フェンリルであれば、アクセス解析などの定量調査で問題となっている箇所を発見し、ユーザビリティテスト、インタビューなどの定性調査でその問題を掘り下げ、要因を分析しています。しかし、UI以外の問題点を発見することは難しく、ユーザーからのクレームやネガティブレビューが上がってきて初めて問題が発覚するケースも多いでしょう。クレームが拡散されてしまう恐れもあります。
事後対応するだけでは手遅れになるケースもあるため、問題となりそうな箇所は事前に発見しておかなければなりません。しかし、そもそも問題があるかどうかは、ユーザーからの反応を得なければ分かりません。そのため、それぞれのタッチポイントでどのような体験が起こっているかを事前に把握する必要があり、その体験を可能にする⾏動観察調査などの⼿法が存在します。難しく考える必要はなく、単純にそれぞれのタッチポイントにおいて、「あなたはどんな残念な体験をしたことがありますか?」と聞くだけでもよいのです。
フェンリルサービスデザインフレームワークについては、こちらの記事をご覧ください。
「サービスデザインとは何か」
理想のUXを定義する
さまざまな問題点を発見し、それに事後対処するだけではいつまでたってもユーザーの期待を超えることはできません。提供者側は常に最高のUXにつながるように施策や業務をデザインしなければなりません。そのためにも、各タッチポイントにおいてどのような体験をしてもらいたいのか、達成目標、行動指針を明文化して共有し、実践することが必要です。施策の先に体験があるのではなく、体験から逆算して施策を考えるのです。
ゴールを明確にすれば、それぞれの現場でUXに影響を与える意味のある施策がどんどん生まれてくるはずです。そういったスタンスを貫き通すことで、ユーザーの理解や共感が生まれ、一つのブランドとして初めてユーザーに信用してもらえるようになるのではないでしょうか。
UX改善のステップ
これまでのステップをまとめると、UX改善は以下のように進めることができます。
01.理想のUXの定義
02.現状のUXの評価
03.理想と現状のギャップ認識
04.施策の検討、優先度、重要度の検討
05.施策の実施
06.UXの検証
改善のサイクルを回すといえば当たり前のことに感じるかもしれませんが、UXという目に見えないものをどのように評価するのか、そこがUX改善の最も難しいところです。だからといって、UXを無理やり定量化し、その増減に一喜一憂するのは本質的なことではありません。長期的なユーザーとの対話を通じて、エンゲージメントが高まっていることを提供者側が実感できるかどうか、それが最も大切なことだと私たちは考えています。
人間中心であれ
先にも述べたとおり、UX改善を実行しようとすると、企業の組織構造すら変えていかなければなりません。それほどの一大ミッションだということが分かります。理想のUXを実現することは、理想の働き方を実現することだと言っても過言ではないと思います。
サービスデザインには、「人間中心」という考え方があります。ここで言う「人間」には、ユーザーだけではなく、提供者も含まれます。ユーザー視点であることは重要ですが、ユーザーや顧客のニーズに合わせ続けるだけではなく、提供者としてユーザーとどのような未来を作りたいのかを示し、それを貫き通すという提供者視点を持つことも同じくらい重要です。
サービスデザインというのは、恋愛と似ているのかもしれませんね。自分が相手色に染まるのか、相手を自分色に染めるのか、それとも混ざり合って新しい色を作るのか。
フェンリルでは、クライアントワークとして皆様のサービスデザイン支援を行なっております。詳しくは、フェンリルのService Designをご覧ください。
本記事の執筆者|坪内 陽佑
フェンリル株式会社 デザインセンター 副センター長
ダブルクリック、サイバーコミュニケーションズを経て、フェンリルに入社。フェンリルでは、デザイン部門のマネジメントを行うとともに、サービスデザインの考え方を軸に、さまざまなプロジェクトにおける価値の総和を増大させるべく活動中。HCD-Net 認定人間中心設計専門家。