顧客の課題を明らかにし、課題を解決できるプロダクトを開発できたとしても、必ずプロジェクトが成功するとは限りません。
フェンリルは10年以上にわたり、クライアントと共にアプリやサービスの開発に取り組んできました。その間、設定していたKPIに届かずに短期間でクローズするサービスや、新たな開発予算がつかずに延命するだけのサービスを何度も目の当たりにしてきました。もちろん、私たちの力不足の部分もあったとは思いますが、それを差し引いても、失敗の原因はさまざまです。
今回は、サービスが失敗するいくつかの原因を例に挙げつつ、「サービスを生み出す目的」について考察していきたいと思います。
なぜサービスは失敗するのか
フェンリルが考えるサービスデザインは、HCD(人間中心設計)や、UXデザインをよく理解している方にとって目新しいものではないと思います。
当然のことながら、サービスデザインのプロセスは「こういうものだ」と定義するだけでサービスの成功が約束されるわけではありません。しかし、あてもなくビジネスを推し進めるよりは、プロセスを踏んでいく方が失敗するリスクを大幅に下げることができます。そもそも、サービスがうまくいかないのはなぜでしょう。
例えば、新規事業やスタートアップだと、ユーザー価値とビジネス価値が連動していなかったり、プロダクトの品質を後回しにしたり、リソースが限られているのにプロダクトに集中しなかったりすることが失敗の要因として挙げられるでしょう。
崇高な理念やビジョンを掲げたビジョナリーなスタートアップは多く、その分、事業の成功を応援してくれるステークホルダーやコアなファンが付きやすかったりするので、周囲の熱量やエンゲージメントが高いケースはよくあります。
最初期はその熱量がチーム自体に向けられていますが、徐々にそのサービスが本当にオススメできるものなのかという見方に変わってきます。そこで問われるようになるのは、「サービスの品質」です。
すべての基本はユーザー体験のコアとなるプロダクトの品質です。課題を解決するための機能を備えているのは言うに及ばず、その機能を最速で提供できるかどうかが利用体験の質を大きく左右します。その意味で、パフォーマンスとユーザビリティをいくら重視してもしすぎることはありません。
顧客がサービスの体験価値を認識するためには、まずは「サービスの価値提案」が行われなければならず、それは「品質が伴っているからこそできる」ものです。
大きな組織が提供する新サービスにありがちなのが、「顧客エンゲージメントを高めることに苦慮しているケース」です。初期のコアユーザーやファンを作ることは草の根的に展開するモノで泥臭くもありますが、そこまでの「熱量」を担当者が持っていないことが原因の一端にあります。
会社の看板や広告を武器に顧客を獲得しても、その後のコミュニケーションをおろそかにしてしまえば、ファンにはなってくれません。顧客との目に見えにくい関係性の向上(空気や肌感ではわかるけれど数字にはなかなか表れない)は二の次にして、アクティブユーザー数や売り上げなどの数値でしかサービスの価値を捉えていなければ、物言わないユーザーが、文字通り物言わずに去っていきます。
「相互依存による価値の共創」が企業と顧客のこれからの関係性だとすると、顧客を育てるという視点だけではなく、「顧客に育ててもらうという視点」を同時に持つべきです。そして、そういう視点や感覚は、ダッシュボード上ではなく、現場で養われるのです。
サービスが持つ将来的な価値とそれを信じるチームがいることを前提として、その価値を一緒に信じてくれる顧客がいる。それがチームのモチベーションの源泉となることでサービスの品質も向上する。つまり、サービスの成長と継続的なコミュニケーションによって顧客側の体験価値が高まり、事業価値も体験価値も高まっていく。という流れが理想的です。サービスの原動力はあくまで「人」だということです。
「何をしたいか」より「どんな世界を実現したいか」
サービスデザイン思考に則れば、企業と顧客は「共創によりそれぞれの価値向上を実現する同志」である、という見方ができます。
とすれば、「企業としてそのサービスを通じて何を成し遂げたいか」ということより、「どんな世界を実現したいか」という考え方が重要になってくるのではないでしょうか。
何が違うの? という感じだと思いますが、前者は、サービスを提供する側の一方的な視点ですが、後者は、「自分たちがサービス提供者であるとともに価値の享受者であること」を表しています。
わかりやすく説明すると、「どんな世界を実現したいか」という文脈では、自分たちは提供者でありながら、その世界の住人であることを表しています。顧客という新たな住人を受け入れるために、サービスを通じて顧客の住みやすい世界を作り、継続させる。その取り組みが回り回って自分たちの住みやすさにもつながる、ということです。
企業のスタッフ、顧客、ステークホルダー、それぞれが違う目的を持っていたとしても、「そのサービスが起点となり価値が生み出される世界で共存している」のです。
もちろん、私たちは、他社が提供するサービスの世界の住民でもあります。Apple世界の住民である人が、Instagram世界の住民でもあるように、いくつも住民票を持っているわけです。そうやって、さまざまなサービスを組み合わせることで、顧客は日々新たな、企業側が思ってもみないような価値を創造しています。そうしてまた提供者としてもそのフィードバックを受けて、サービスを進化させていけるというわけです。
これから作るべきデジタルの世界
新型コロナウイルスと共存する時代において、非接触、非対面を達成すべくさまざまなシステムが考えられています。
非接触、非対面はコロナに感染したくない、させたくないというニーズの一つの解決策にすぎず、それ以上に大きいのは人間らしいコミュニケーションを失いたくないというニーズのはずです。直接的に触れ合わずに、あいさつや感謝などの感情を相手に伝える方法はいくらでもあります。そのことに気づかないフリをしてはいないでしょうか。
サービス提供者側は、サービスによって実現される世界に自分たちも住む、という前提に立ち、未来志向で、ユーザーや他のステークホルダーと共存共栄する道を常に探し続ける必要があるのではないかと思います。
フェンリルでは、クライアントワークとして皆様のサービスデザイン支援を行なっております。詳しくは、フェンリルのService Designをご覧ください。
本記事の執筆者|坪内 陽佑
フェンリル株式会社 デザインセンター 副センター長
ダブルクリック、サイバーコミュニケーションズを経て、フェンリルに入社。フェンリルでは、デザイン部門のマネジメントを行うとともに、サービスデザインの考え方を軸に、さまざまなプロジェクトにおける価値の総和を増大させるべく活動中。HCD-Net認定人間中心設計専門家。