【後編】サービス化するビジネスをどうつくるのか

つくって終わりではなく、つくったモノが愛されるビジネスへ。フェンリルでは、サービスデザインによってクライアントのビジネス価値を高める提案に取り組んでいます。
前回に引き続き、『インフォバーン』の井登友一さんをゲストにお迎えして、今なぜサービスデザインに着目すべきなのか、それをどのようにビジネスでどのように活かすのかについて対談しました。
今回は、サービスデザインの中でも「リサーチ」に焦点を当て、活用する際に押さえておくべきポイントについて触れています。

リサーチは「目的」ではない

サービスデザインをビジネスに生かすためには、リサーチが重要だと思います。実際にユーザーリサーチを行っている坪内さん、中村さんはどのようにお考えですか?

坪内 フェンリルでは、ユーザーエクスペリエンスを高めるために5X(図1)という指標を定めています。5Xとは、サービスはユーザー価値とビジネス価値が重なる領域にあり、そのクオリティは「コンテンツ/機能」「パフォーマンス」「ユーザビリティ」「ブランド」「運営/運用」の5つから構成されるものである、と定義したフレームワークです。


【図1】フェンリルが考案したサービスデザインフレームワーク『5X』

つまり、曖昧だったUXを指標化し、より良いサービスデザインを効率的に実現するという手法です。その中で、今のサービスに何が求められていて何が足りないのかを探り、改善策を提案するためにリサーチを使うというのが、フェンリルのスタンスなのです。

坪内 陽佑
フェンリル株式会社 デザインセンター/副センター長
ダブルクリック、サイバーコミュニケーションズを経て、フェンリルに入社。フェンリルでは、デザイン部門のマネジメントを行うとともに、サービスデザインの考え方を軸に、さまざまなプロジェクトにおける価値の総和を増大させるべく活動中。HCD-Net 認定人間中心設計専門家。

中村 私たちが行うリサーチには、認知度や購入/リピート率、顧客満足度などの数値データを集めて分析する「定量調査」と、ユーザーに直接質問し回答や意見を集める「定性調査」に分けられ、それぞれにいくつもの手法(図2)があります。

どのリサーチを選択するのかを決めるのは、何を知りたいのか?何を明らかにしたいのか?という「目的」をしっかり定めた上で、リサーチの手法を選択することが重要です。


【図2】リサーチ領域と手法の分類
出所:「サービスデザイン思考」井登友一(2022)を参考に弊社編集部が作成

「さしあたりユーザーにアンケート調査をしたい」という、依頼をいただくことがあります。この場合、クライアントは顕在的なニーズを求めている傾向が強いように思います。つまり、プランAかBかを迷う時に、ユーザー調査で決断の後押しとなる「解」を求めてリサーチに頼るというケースなどです。

私たちは、そういったクライアントにこそ「まずはリサーチをやりましょう」ではなく、「何か困りごとはないですか?」「気になること、これが知りたいということはありますか?」という問いかけをするようにしています。

顕在的なニーズを明らかにするだけのリサーチなら、どこのリサーチ会社にでもできますし、結果もおよそ同じ。しかし、革新的なサービスを生み出すには、ユーザー本人も気づいていない潜在的な課題やニーズを掘り起こすことが必要です。

それをしっかり伝えてディスカッションを繰り返し、信頼関係を築いた上で真の目的を実現できるリサーチを提案することが、私たちの仕事だと思っています。

中村 康孝
フェンリル株式会社 SD部 部長/UXコンサルタント
AV機器メーカーにてAV機器全般のユーザビリティ支援業務の経験を経た後、UXデザインコンサルティング会社にて、アプリやサイトに限らず様々な分野でのコンサルタントの実績を持つ。現在は、豊富な経験と知識を生かして、UXデザインに関する支援をしている。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。

完璧なリサーチを追いかけない

リサーチを成功させるには事前準備が大切ということですが、実際は「時間がない」など、思うように進められないケースも多いのではないでしょうか?

井登 そうだと思います。なので、私としては「とりあえずリサーチをやってみよう」という姿勢自体は否定しません。よく分からなかったという結果であっても、そこから次に生きる学びや得るものがあるはずなので、しないよりはやったほうが良い。

ただ、そこでストップしないでほしいと思っています。よく分からなかったのなら、それをまた違うアプローチで解き明かして成果に近付けていくことが重要です。リサーチは「re-search(再び探すこと)」であり、一度探した事柄について再度問い直して違った側面や意味を見出すものという解釈です。

リサーチで分からない点が出たら、ちゃんと準備してまたリサーチして解明すればいいと私は思います。「共感→定義→アイデア創出→試作→テスト」というデザイン思考のプロセスが浸透しましたが、絶対にこの手順で進めなければいけないということではありません。

仮説をもとにひとまずつくってみて、調査/改良を加えて、という形で前進させたほうが良いケースもある。デザイン思考のプロセスはどこから始めてもいいし、バラバラでやってもいいし、同じ工程を繰り返してもいい。

「事前準備の時間がない」「ほしい結果が出ない」そんな理由で立ち止まるよりも、固定観念を捨ててプロジェクトに合ったリサーチを選択すれば良いと思います。

井登 友一
株式会社インフォバーン取締役副社長/デザイン・ストラテジスト
2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力しており、関西の大学を中心に教鞭をとりつつ、京都大学経営管理大学院で、現在博士論文を執筆している。HCD-Net 副理事長。日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。

リサーチ結果が功を奏した事例がありましたら教えてください。

中村 最近の事例として、宝塚歌劇団のファンに向けた情報発信アプリ『宝塚歌劇Pocket』があります。このアプリは、ファンとのコミュニケーションを強化するツールとして開発しました。どのゾーンのファンをターゲットとするのか、ペルソナを設定する際にリサーチを提案しました。

当初は「解」が出てこないリサーチに不安を抱かれたようですが、繰り返すうちにユーザー像やニーズが見えてきて、最終の調査結果では「リサーチをしなければこんな仮説は立てられなかった」と評価していただくことができました。

そこからの進行はとてもスムーズで、あれほど難航したコンテンツの優先順位も難なく決まり、想定より短い期間で制作が完了。ユーザーの声に後押しされ、私たち以上にクライアントが自信を持ってプロジェクトを進められるという状況をつくることができました。

ユーザーニーズという「外圧」に着目する

イノベーションを起こすには、クライアントの組織に根付いているマインドを変える必要があるように感じました。サービス提供側が一つにならなければ、サービスデザインの実現も難しいと思うのですが、どのようにアプローチされていますか?

中村 変えちゃいけない、変えられないという保守的なマインドだとなかなか次に進めないというケースは多々あります。

まずはその思い込みを解きほぐす必要がある。私たちは、いきなりリサーチうんぬんという話ではなく、何度も会って話を伺い、クライアントが抱える課題や苦悩を引き出しながら信頼関係を築くというアプローチをしています。

坪内 「変えたい」という熱量に差があるという場合も多いですよね。担当者は熱い思いを持っていても、他の方はそこまでの思いを持っていない、ということがあります。その場合、提案をする私たちがしっかり熱量を示していくべきだと思います。

言われたことをするのではなく、クライアント以上にクライアントのビジネスを考えて動き、さまざまな人を巻き込んで協働しながらイノベーションを起こしていくことを心掛けています。

井登 「ユーザーはこんなサービスや利便性を求めている」という声や他社の動向などの客観的な事実を、決定権を持つ中枢の方々にも伝えることも一つの手だと思います。

マーケットインで事業を発展させてきた企業は、市場の求めに応じないわけにはいかないという思いがあり、経営陣に響けば「今すぐは無理でも、なんとかしなければ」となる。スピード感を持って変革を起こすためには、ユーザーの声で中枢を動かすような「戦略をデザインする」ことも重要になってきます。

さまざまな角度から機運が高まるように働きかけて「やらない理由がない」という状況をつくることも、コンサルティングの仕事だと考えています。


井登さんの著書「サービスデザイン思考―『モノづくりから、コトづくりへ』をこえて―」

組織内部の「前例がないことはできない、したくない」という反発に対して、ステルスイノベーションのように既成事実をつくってしまうということでしょうか?

井登 たとえ規模は小さくとも「ユーザー満足度が上がった」という結果が一度でも出れば、経営陣としてはやらない理由がないと判断し、これまで動かなかった人や組織をグッと動かす動力が生まれる。ユーザーと近い最前線の現場もまた、ニーズに応えていきたい、成果を上げていきたいという気持ちがあるので、トップが動けば一気に変革が進むというケースは少なくありません。

ユーザーが企業や組織を動かした事例といえば、イギリスの『GOV.UK』が有名です。2013年に世界に先駆けて国民向けの公的サービスの大半をオンラインで利用できるようにしたプロジェクトで、世界中から評価されました。しかし、興味深いのは、運用開始から3年ほど経った頃、GOV.UK誕生に携わった人物が語ったローンチ後の苦労話です。

運用当初は「待ち時間がなくなった」「便利になった」と喜んでいた市民が、次第に縦割り行政などが原因の手間の多さや融通の利かなさに不満の声を上げ始めたというのです。出生証明を出したのに幼稚園に入園する際にまた別の管轄部署に申請を出さなければいけない、年金受給が自動的に通知/適応されず、支給までに長い期間がかかるなど、便利さに慣れたがゆえに苛立ち始めたわけです。

映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』でも取り上げられていた問題ですね。官僚制組織の逆機能が分かりやすく描かれていました。

井登 そうです。GOV.UKは、市民生活を便利にする「手段」を提供したものの、それを支える「サービス」の効率の悪さには目を向けていなかった。そして、ユーザーの声に押される形で、その後3年ほどは「サービス」を担う部署の整備や政府組織の再編を行うなど必死に苦労した結果、今ではインターネット時代に適応した組織デザインへと進化しています。

これは、企業にもそのまま当てはまる話ですよね。インターネット以前に生まれた多くの産業や業界は、モノを買うECサイトなど「手段」としてのネットワーク化は進めていても、それを支えるバリューチェーンや業務のDX化はインターネット時代に適応しているとは言い難い。

営業とマーケティングを統合してセールスマーケティング部にしたほうが良い。物流とカスタマーサポートを一つにしたほうが合理的。このような意見を現場が持っていても変えられないという声を耳にします。今後そういった部分の変革を進めるには、ユーザーニーズや社会の変化という「外圧」がポイントになってくるのではないかと思います(図3)。


【図3】ユーザーニーズという外圧を使って組織を合理化/最適化へと導く概念図

坪内 リサーチについても、「戦略を決めるため」「ニーズを探るため」だけではなく、社内に物議を醸し変革をもたらすための根拠として使っていただけるようになれば良いですよね。クライアントの文化や組織、開発プロセスなどに新たな風を吹き込む媒介として活用してほしい。

プロジェクトを通してさまざまな情報や視点を提示し、それを吸収したクライアントが変化していくという関係を築きたいと考えています。「サービスデザイン」という共通言語を通して、クライアントとよりスムーズに協働して互いの価値を高めていける。そんな未来を創っていきたいですね。

私も少しだけですが、サービスデザインについての理解が深まりました。拡張するデザインの役割を分かりやすく説明いただき、ありがとうございました。

本記事の執筆者|葛巻 大輔
フェンリル株式会社 事業開発ディレクター
LINEグループ在籍時に、母子手帳アプリのサービスを立ち上げてキッズデザイン賞を受賞。ウェブ制作会社を経た後、フェンリルのデザイン部でシニアディレクターを務める。現在は、新規事業の仕組みづくりやオウンドメディアの編集を担当。同志社大学経営大学院に在籍。

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