この数年、「UX」という言葉を本当にあちこちで聞くようになりました。関わっている身としてはうれしくもありますが、誤解も多く見受けられます。「UX」という魔法のような言葉に惑わされて「ものすごいアイディアが生み出される期待感」を過度に抱かれるケースもあります。
そのような中で、多く見受けられるのは「UI/UX」という表現から発生する誤解です。UI は大事な要素であり、UI 改善で UX の向上が実現できることもありますが、UX 向上のすべてではありません。
しかしながら、「UI/UX」という言葉の響きから、UX が”UI だけ”で解決できるもの(解決するもの)と思われがちです。サービスを利用する基準が UI だけでないことは、誰しもが日常で経験しているにも関わらず、仕事では置き換えることができない、とても不思議な現象です。
たとえば、EC サイトで買い物をする場合、どこよりもわかりやすく簡単なサイト、つまり UI が優秀なサイトであれば、それは利用者にとって良い体験となり、継続利用につながっていきます。
しかし、そのようなサイトであっても、すぐに商品が届かなかったり、商品に傷があったりすると、「もう二度とこのサイトでは買いたくない」となってしまいます。逆に、UI はそれほど優れていなかったとしても、どこよりも安い、送料が無料、会員向けセールなどの施策が魅力的に映れば、前述のサイトよりも満足度が高くなることもあります。
利用者が、どんな価値感を持っているのか、サイトやサービスに何を求めているのか…といった点が異なれば、受ける印象も変わってしまいます。
「受ける印象なんて、人それぞれだから仕方ないんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、これこそが「UX」でもあります。「UX」は ISO で細かく定義されていますが、簡単に言ってしまうと「個々人の体験」であり、ここには多種多様な体験が存在します。
無責任に聞こえるかもしれませんが、全ての人に同じように満足度の高いものを提供することは不可能です。だからこそ、どういう人にどのような価値を提供していくことが多くの利用者の「UX」につながっていくのかを真剣に考える必要があるわけです。これを計画し、みな同様にうれしさや楽しさを体験してもらうための仕組み(プロセス)を考えていくことが「UX デザイン」の本質となります。
「UX」を「デザインする」という表現から発生する誤解
言葉の響きから、ユーザー(ペルソナ)や体験(シナリオやストーリーボードなど)をつくることをイメージしてしまうことです。このこと自体が悪いわけではありませんが、これらを作る理由が理解されておらず、作りさえすれば何かが解決すると勘違いしているケースが多く見受けられます。作成したことがない方にとっては仕方のないことではありますが、実際にはその作り方が重要になってきます。
たとえば、誰かにプレゼントを送るシーンを想像してみてください。相手は何に興味があるのか、既に持っていないか、最近どのようなモノが流行っているのか、など何かしら調べるはずです。そして、その情報をもとにいろいろ考え、プレゼントを決めるはずです。
ビジネスでも同じです。サービスを提供する相手や業界、市場を知らなければ、良いサービスを提供することはできません。
カスタマージャーニーマップを作ることを目的とするのではなく、作る前に利用者や業界、市場などの必要十分なリサーチを実施し分析することが重要なのです。ペルソナやシナリオなどもそうですが、これらはリサーチ結果を整理し視覚化するためのツールに過ぎません。
相手が知人であれば、失敗してもフォローする機会がありますが、ビジネスにおいては、最初のチャンスを逃すと、2 回目はありません。その機会を与えてもらえないビジネスの場だからこそリサーチが重要なのです。すべての事案においてリサーチが必要とまでは言いませんが、この一部の投資を見送ったために、全体の投資を無駄にしてしまう可能性があることを理解して総合的に判断する必要があります。
以上、よく誤解される内容を起点として UX について記載してみました。他社との差別化ポイントを考えるうえで、「UX」という言葉の響きに大きな期待を寄せてしまうかもしれませんが、残念ながら UX デザインは魔法ではありません。
UX デザインに取り組んだからといって自動的に良いものができるわけではありません。しかしながら、UX デザインは利用者とサービスの関係を円滑にするためのオーソドックスな手法であり、自分達で良いサービスを生み出していくために不可欠な考え方である、ということをご理解いただけると思います。